これはアトピーと30年間付き合ってきたSHIROの体験談です。
誰にでも当てはまるものではないと思いますが、同じ症状で悩んでいる方の少しでも助けになればと思い書いてみます。
はじめにお伝えしますが、現在30歳のSHIRO(女性)ですが、アトピーが完治したわけではありません。
が、完治に近い状況を保てている時間が長くなったと感じています。寛解というのでしょうか。
今回は、
・SHIROのアトピーとの30年間の付き合いについて
・アトピーがひどくなった原因だと思うこと
・アトピーが完治に近い状態を保てるようになったきっかけ
・娘への遺伝はあるのか?について
などを話して行きたいと思います。長いので、お好きなところから読んで下さいね。
目次
はじめに
SHIROのアトピーの発症時期や発症箇所
生まれつきアトピーだったのかは覚えていません。
しかし、物心つく頃から自分がアトピーだったことは覚えています。(幼稚園ごろ?)
知り合いにもアトピーの方がいますが、アトピーといっても人によって状態が様々だなと感じます。
全身がどこも同じように乾燥していて、赤くただれているようなアトピー。
部分的にジュクジュクと皮膚がひどくただれているアトピー。
私は部分的にじゅくじゅくとただれているタイプのアトピーでした。
私のアトピーの発症箇所は主に
・両腕の関節の内側部分
・両足の関節内側部分
なので、上記以外の肌は一見するとアトピーだとは気づかれず、むしろ肌が綺麗だと褒められるほどでした。
これに加え、
・両手首の内側
・目の周り
・首
・指の先端あたり
が一時的に追加して、アトピーになってしまうこともありました。
アトピー性皮膚炎を患ってからの30年間を振り返る
アトピーの症状の変化(幼稚園〜小学校低学年)
【アトピー発症箇所】
・両腕の関節の内側部分
・両足の関節内側部分
赤くただれ、ジュクジュクし、液などが出る
【治療内容】
・ステロイド剤(幼稚園の間少しだけ)
・脱ステ後、日本オムバスの温泉水やマコモの湯、漢方薬など
【運動】
・幼稚園時代は新体操、プール、体操教室
・小学校低学年頃に、週一程度の運動で、テニス習ってました
最初の記憶は幼稚園前後。
プールを習っていましたが、両腕・両足の関節内側部分のただれが痛くて痛くて、プールに行くのが嫌だったのを覚えています。(その後、アトピーが痛くてやめることになりました)
同様にお風呂に入るのも嫌で、両足・両腕で蜘蛛のようにお風呂の縁に掴まり、お風呂に入るのを拒否していたことを覚えています。
痒いけど、かくと母に怒られるのでトイレで隠れてこっそりと掻いていました。
しかし掻くことによってカサブタになった皮膚が床にこぼれ落ちるので、こっそり掻いていたことはバレていたと思います。
幼稚園〜小学校低学年までは、変わらず両腕・両足の関節内側がただれ、赤くジュクジュクして汁にようなものが出たり。
そのジュクジュクした汁が洋服とくっついて固まったりして・・それを剥がすのも痛かったです。
この頃は週一程度のテニス習っていました。
アトピーの症状の変化(小学校中学年〜中学2年生まで)
【アトピー発症箇所】
・両腕の関節の内側部分
・両足の関節内側部分
・顔(目の周り)
・両手首の関節部分
・首全体
赤くただれ、ジュクジュクし、液などが出る
【治療内容】
・日本オムバスの温泉水
・マコモの湯など
【運動】
・小学校中学年〜卒業まで、学校のクラブ活動で一輪車クラブを週何回か行っていた程度
・中学校時代は卓球部で毎日部活あり
小学校中学年のころに、関東から東北への転勤で引っ越すこととなりました。
引っ越してからの2年間は友達や学校の先生などにも恵まれ、アトピーの症状についてはもちろん治りはしないものの、両腕・両足以外は発症せず、今までと特に変化のない日々を送っていました。
小学校高学年になるとクラス替えや大好きだった担任の先生が別の学校に転任してしまったことなどの環境の変化のためか、今まで出たことのない箇所にもアトピーが発症するようになりました。
発症箇所としては、両腕・両足の関節内側に加えて
・顔(目の周り)
・両手首の関節部分
・首全体
特に顔の目の周りに関しては、目に見えるところですから、今までの一見アトピーには見えない私の生活が大きく変わりました。
思春期の女の子ですから、人の目が気になり、「みんな私のこと変だと思ってるかも。気持ち悪いと思ってるかも。」と、どんどん内向的な性格になっていってしまいました。
手首に関しては、小学校時代にすぐに治ったように記憶しています。
目の周りや首が治ったのは、中学校1年くらいかな。
アトピーの症状の変化(中学校2年〜高校卒業まで)
【アトピー発症箇所】
・両腕の関節の内側部分
・両足の関節内側部分
赤くただれ、ジュクジュクし、液などが出る
【治療内容】
・日本オムバスの温泉水
【運動】
・中学校時代は卓球部で毎日部活
・高校は帰宅部
中学校2年〜高校卒業までは、変わらず両腕・両足の関節内側のジュクジュクがちょっと良くなったり、ちょっとひどくなったりを繰り返すのでした。
アトピーの症状の変化(大学時代)
【アトピー発症箇所】
・両腕の関節の内側部分
・両足の関節内側部分
赤くただれ、ジュクジュクし、液などが出る
【治療内容】
・日本オムバスの温泉水をやったりやらなかったり
【運動】
・体育会系のサッカー部のマネージャーを。自分が運動しないにしても毎日グラウンドへ行くことに
大学時代は変わらず両腕・両足の関節内側のジュクジュク
中学、高校では制服のスカートを着用する必要があり、夏は半袖を着ることになって必然的にアトピー部分が見えてしまうことが嫌でした。ちょうど半袖は腕の関節部分に擦れるしね。
しかし、大学に入学してからは好きな服装ができるので、
夏場でも薄手のカーディガンを羽織り、ロングスカート、もしくはスカートの下にレギンスやトレンカ(トレンカ知ってる人いるかな)、ストッキングを履くことで、アトピー部分が見えないようにしていました。
この頃、なぜか体育会系のサッカー部に入部し、マネージャーをやっていたことから、自分が運動するわけではないですが、毎日グラウンドに出るような日々が続きました。(意外とハードでした)
学校の授業に、部活にバイト。今思うと一番忙しく、でも充実した日々を送っていました。
しかもね、ハードな部活のおかげで5キロくらいやせて、彼もできたりして少しずつ自分に自身がついてきた思い出があります。
この頃から、高校までの症状に比べて、ジュクジュク汁が出る状態は落ち着き、赤くただれている、というような症状に。
アトピーの症状の変化(社会人〜結婚・出産後の現在)
【アトピー発症箇所】
・両腕の関節の内側部分
・両足の関節内側部分
赤いただれが治まり、アトピーだった箇所の皮膚が薄くなった
たまに痒く、ただれることもあるがすぐに治る
【治療内容】
・特になし、たまにひどいときには、ステロイド剤を塗る
【運動】
・特に無し
社会人になって、営業や事務職を経験しました。
営業職の時は外回りもありましたが、すぐに事務職へ転職したので、事務職歴のほうが長いです。
夏はクーラーの効いた涼しいオフィスで、冬は暖房のついた暖かいオフィスで。
運動も特にしておらず、汗とは無縁の生活に。
幸い、職場の人間関係にも恵まれ、主人と知り合い、娘を出産しました(2019年10月現在2歳です)
関係あるかわかりませんが、事務職になったころからアトピーの症状がかなり改善されました。
まったくアトピーのないようなきれいな肌とはいきませんが、かなり完治に近い状態へ変わったと思っています。
肌が敏感になってしまう季節や、諸々の原因で少々痒かったり、ただれてしまうこともあるので、完治とは言えないと思っています。
しかし、現在30歳にして、自分がアトピーだと言うことを忘れてしまうこともしばしば。
そのくらい変化したと思っています。
〈後日、現在の肌のアップしたいと思います〉
今まで行ってきた治療について
母によると、幼稚園あたりにステロイド剤を使っての治療を行っていたようですが、ステロイド剤を塗るのをやめるとひどくなる・・の繰り返し。そして当時、「ステロイド剤を使うのは良くない!」といった時代になってきたので、母はステロイド剤を使用することをやめて、漢方や温泉水などを使う治療法に切り替えていました。
一番長く頼らせて頂いたのは、「日本オムバス」。
ここの音温泉水を飲料・お風呂にも使用し、同じく日本オムバスで購入した化粧水やワセリンを使用していました。
オムバスについては、小学校〜高校まで使用していましたが、アトピーが治ったわけではありませんでしたので、必ずしも効果がある!と断言できるわけではありませんが、
オムバスのおかげでそれ以上ひどくならなかったのかもしれない。
しかも、アトピー箇所以外の肌がぐんぐんきれいになってしまって、高校の時も「脚の肌ツルツルだね・・すごい!」とよく触られたものでした。
現在30歳になり、年のせいか人並みに乾燥しているので(オムバスはやめてしまいました)、当時オムバスの温泉水の肌への効果はあっただろうなと思います。
その他にも、漢方薬やマコモの湯に入るなど、忘れてしまったものもありますが、色々とやりました。実際にその治療をやっていた時期には良くなったり、悪くなったりを繰り返していたので、そのどれかがあるから今ほぼ完治状態なのか、どうなのかはっきりはわかりません。
また、主婦で赤ちゃんがいるため、水仕事も多く、長年悩まされていた両腕・両足の関節内側よりも、手のほうが荒れています。(ヒビ入っていてかなり痛い・・)
現在、30歳ですが普段は特に治療はしていません。
たまに花粉の時期や乾燥する時期になると、少しただれたりする時があるので、その時にはステロイド剤を薄くぬる程度です。が、そういえば今年は一回も塗っていないかもしれません。
今でも、母はステロイド剤には嫌悪感があるようですが、常用するわけではないし、うまく付き合うのが私には合っているんだよ。と伝えています。
ストレスが原因だったのか?ストレスと汗
アトピーの発症の原因はわかりません。いつから発症したのかも忘れてしまいましたが、前述したように物心付いた幼稚園生のころにはすでにアトピーでした。
しかし、その後良くなったり・悪くなったりを繰り返した原因として、今思うと
・ストレスが一番大きかった
そして2つめに
・汗をかくこと。
だったなと思っています。
ストレスが一番大きかったと思う理由
引っ越しをして、住む場所が変わっても、周りの人たちみ恵まれていたので大きな変化はありませんでした。
その後、大好きな先生と離れてしまったこと、大好きな子達とクラス替えで離れてしまったこと。
ここの心的ストレスが大きかったと思います。ストレスを感じ、イライラして、むしゃくしゃすると、ただれていた箇所が気になってきて、そのストレスをぶつけて掻いてしまう。→母に怒られる→イライラ→掻いたことでさらにひどくなる→イライラの無限ループでした。
あとね、その時がちょうど思春期になって、周りと自分はちょっと違うんだなって気づいちゃったことですかね。(遅っ!笑)お洒落とかもしだすころですから、なんか恥ずかしくなってきちゃったんですよね。
2つめに汗をかいたことが原因だと思う理由
一般的には、汗をかいて代謝を良くして、お風呂で清潔にして・・・と言われていますが、
汗をかくと、ただれが痛かったり痒くなったりする→気になるから掻いたり拭いたりして刺激を与えてしまうが良くなかったのかな。。学校などにすぐ拭いたり・お風呂で洗える環境でもないしね。
アトピーが良くなってきたきっかけとは?
少しずつ心が大人になり、色々なストレスに免疫ができてきたり、大人な対応をできるようになって心に負担がかからなくなった20代半ばくらいから、だいぶ良くなってきたと思います。
大学時代に痩せたり、彼ができたり、今までとは違う環境で少しずつ心が成長してきたこと。
部活に入っていたことで、仲間ができて、自分の居場所ができたこと。
などが、私の心を支えてくれたように思います。
でも汗は?部活汗かくくじゃん?2つめの理由と矛盾してないか?と思うかもしれません。
もちろん、部活は夏でも冬でもありましたし、汗もかいていましたが、ストレスと汗のバランスもあるのではないかな?と思います。
ストレスを感じなくても、汗ばっかりかいてたら良くならないし、汗をかかなくてもストレスばっかりだとだめだし・・なので、バランスなのかな。
就職して、事務職になってストレスに耐性ができたこと×汗をかかなくなったことが、結果的には今の肌へ導いてくれたと思っています。(ストレスがなかったわけではありません。メンタルが強くなって我慢できるようになっただけね)
あとはステロイド剤をうまく使ったことも良かったと思っています。
本当にひどい時薄くすこしだけ、良くなったら出来る限り、汗をかかない、ストレスをためない。アトピーを気にしないようにする!(ほかに意識を向ける)
アトピーが寛解したあとの肌の状態について
現在、30歳にして、もちろん目の周りや首周り、手首については完治していますが・・・
首まわりはアトピーは治ったといえど、横にシワのように線が入ってしまったことは治らないままです。
また、長年掻き散らかして再生と破壊を繰り替えいてきた肌は、やはり他の肌と全く同じに治ったかいうとそういうわけにはいきませんね。
他の肌に比べて皮膚が薄く、ひっかきキズのような肌の状態です。
娘のアトピーの遺伝はあるのか?について
私がアトピーだったことは書かせて頂きましたが、実は主人もアトピーです。
ふくらはぎの一部、鎖骨と首の間や背中あたりに部分的にアトピーがあり、夏場など汗をかく時期は今でも発症しています。
そして現在、2歳になる娘がいます。
生後4ヶ月の頃、首と足首が赤いラインのような感じでただれてしまいました。
特に首については、ぱっくりとひび割れてしまってそれはそれは痛々しいものでした。
すぐに近所で人気のある皮膚科に行くと、娘は「アトピー性皮膚炎だ」と診断されました。
やはり遺伝はあるのか・・・。と娘に申し訳なく思いました。
赤ちゃん用の弱いステロイド剤の入った薬を処方され、1週間〜10日くらいすると良くなり、現在2歳ですがそれ以降は特に肌のトラブルはなくツルツルの赤ちゃん肌です。
もちろん、今度またなにかのきっかけで発症する可能性もあります。娘も、私も。
しかし、私の母や父、兄兄弟や、主人のご両親や兄弟はアトピーの人は誰もいません。
なので、必ずしも遺伝して同じようなアトピーになるわけではないのかなと個人的には思っています。
最後に
幼少期〜のアトピーの治療について、一番頑張ってくれたのは母でした。治療に加えて、日々の掃除などもとても気を使ってくれていました。
父は金銭面でたくさんお金をかけてくれただろうし、兄たちは私がいるせいで海やプールに気軽に行けなくて、つまらない思いもしただろうに。文句も言わずに我慢してくれていたと思います。(いや、言われたことあったかも。笑)
献身的に支えてくれた母に一度だけ、「普通の子だったら楽だったのに・・・」と言われたことを覚えています。
それに対して、もちろん怒りなどはありませんでした。
ただただ申し訳なくて、お母さんを困らせてしまっていることが悲しくて、でも掻くこともやめられなくて。
自分は娘を産んで、親になってまだ2年ですが、子育て時代大変だなと日々感じています。
ただでさえ大変な子育ての中で、私のアトピー改善のために色々と尽くしてくれた母のお陰で、今の私があるのだなと思っています。
なので、私も娘のアトピーが今後また発症したとしたら、根気強く付き合って行きたいと思います。
そして、少しでも悩んでいる方の助けになれたらと思います。
長くなりましたが最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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